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開基と開山

三宝寺開山 琵琶院釋仙教

三宝寺開基 三宝寺釋真照

三宝寺の沿革

出 身

開山:目﨑喜一郎(以下開山)、開山の妻:目﨑ハルエ、そして開山夫妻の長男である開基:目﨑邦昭(以下初代)は、新潟県小千谷市の在家(寺の生まれではなく一般家庭)の子として育つ。地元寺は「真宗大谷派 勝覚寺」。

開基について

大正3年3月に北魚沼郡城川村(昭和29年小千谷市と合併)で誕生。
開山は、幼少にして両親と死別し、人々にどれだけ迷惑を掛けたか計り知れず、それゆえ世の無常を知り仏法に心を寄せていた。地元の「勝覚寺」で仏法を深く学び、得度(僧籍取得)された。
太平洋戦争では、衛生兵として中国に出兵した。
戦後、仕事を求め新潟県三条市に家族と移住。金属加工の職に就く。

昭和40年代

初代、高校卒業を機に、新潟県より就職のため上京し、国鉄に就職。
「旧新鶴見操車場」勤務となり、神奈川県へ移住。その後、本社部局へ異動となる。
徳島県より集団就職で上京していた初代坊守:目﨑敬子との結婚。
その後、神奈川県より埼玉県春日部市(旧庄和町)米島へ移住。

昭和52年~

二世:目﨑証 誕生(昭和52年)
二世誕生を機に、春日部市西金野井(町内)へ転居。
新潟より開山夫妻が上京し同居。
僧籍のあった開山が、近隣寺院の役僧として布教活動を始める。

初代、東京真宗学院で得度及び大谷派教師(住職)資格取得。国鉄を退職。
開基(法名:釋真照)となり、庄和開教所「三宝寺」設立。
住居の居間部分8畳ほどを、本堂とする。

昭和57年8月

7坪のプレハブ型本堂建立

昭和63年8月

二世:目﨑証(以下二世)が得度 法名:釋法証
※法人格許認可前のため、所属寺院は新潟県小千谷市の「勝覚寺」。

昭和63年11月

宗教法人取得 「宗教法人 三宝寺」として、許認可される。
正式に「真宗大谷派 三宝寺」となり、初代が本山より初代住職(法名:三宝寺釋真照)として任命。

平成2年1月

プレハブ本堂から、12坪の木造本堂へ建替建立

平成8年3月

町の区画整理事業で対象地域となったことを機に、寺地移転を計画。
埼玉県春日部市永沼の地を移転先と定め、
三宝寺墓苑
かすかべ東霊園
を開園。
※その後の春日部市との合併により区画整理事業は頓挫した。

平成8年4月

二世、名古屋同朋大学文学部仏教文化学科へ進学。
名古屋市中村区稲葉地町へ転居し、平成13年3月まで在住。

平成14年6月

三宝寺墓苑内に、25坪の本堂兼庫裡建立

平成17年3月

二世と二世坊守:目﨑紗緒里が、名古屋別院(東別院)で挙式

平成17年5月

開山 還浄 法名:琵琶院釋仙教

平成17年10月

旧北葛飾郡庄和町が春日部市と新設合併され、現在の春日部市となる。

平成19年11月

現在地へ寺地(主たる事務所の所在地)移転
旧本堂は支院として地域解放

平成19年12月

三世候補:目﨑光 誕生

平成21年7月

三世候補:目﨑大悟 誕生

平成22年1月

開山の妻:目﨑ハルエ 還浄(1925~2010)
法名:恩徳院釋尼惠秀

平成25年7月

三世候補:目﨑聖 誕生

平成30年6月

初代、在任30年を迎え住職退任。
二世が、第二世住職就任。

平成30年8月

三世候補の目﨑光(法名:釋尼和光)、目﨑大悟(法名:釋了悟)が得度

令和5年1月

初代 還浄 法名:三宝寺釋真照

旧本堂と現本堂