真宗の仏事Q&A

仏事Q&A

Q:お焼香の仕方を教えて下さい。

Q:法名と戒名どう違うのですか?

Q:清め塩はいりますか?

Q:正信偈とお経の違いは?

Q:合掌の仕方を教えて下さい。

Q:お勤めの後に読まれる「御文」とは何ですか?また「あなかしこ」の意味は?

Q:真宗は大谷派以外にもいくつかの派に分かれているみたいですが詳しく教えて下さい。

Q:お線香は立ててもよい?

Q:中陰が三カ月にまたがるといけないのか?

Q:分家にお仏壇(お内仏)は必要ですか?


Q.お焼香の仕方を教えて下さい。

A.

①ご本尊を仰ぎ見る ②片方の手を卓端に添え、
香を2回つまんで香炉へ
※香をおしいただく必要はありません
③合掌 ④礼拝(軽く頭を下げる)

「真宗大谷派お内仏のお荘厳」より


 

Q.法名と戒名どう違うのですか?

A.
戒名とは、定められた守るべき戒律を厳守していくという名告りで、戒名を授かる(受戒)というところからきています。
真宗では戒律ということがないので、戒名とは言わず、法名といいます。
法名は本来、生前に門信徒としてのあかしとしていただくものです。「死後の自分の名」としてあとあとに備えるのでなく、仏教徒たる自分の名、として日常に思い起こし、お念仏をよろこぶ生活を送っていただきたいものです。


門徒もの知り帳(上)より


Q.清め塩はいりますか?

A.
「清め塩」は、死を穢(けが)れと見なし、死を忌(い)み嫌(きら)う習慣から生まれたものです。それは、必ず死すべき身であるにもかかわらず、自分だけは死から逃れたいという考えによるものです。本来、死に出遇うことは、私も必ず死んでいく身であるということを自覚する場でもあります。真宗では、死を穢れとすることはありません。「清め塩」は、亡き人のみならず自らをも冒涜(ぼうとく)することに他なりません。したがって、「清め塩」は必要ありません。

「真宗大谷派お内仏のお荘厳」より


Q.正信偈とお経の違いは?

A.
「正信偈」とは、親鸞聖人が念仏の教えによって信心を得たよろこびを表現された偈(うた)です。真実の教えとしていただかれた経典(お釈迦さまの教え)のこころを開かれ、親鸞聖人のもとへ念仏の教えを伝えてくださった七人の高僧の業績がたたえられています。
正信偈のお勤めは、苦しみや悲しみの中で生きる私たちに、親鸞聖人自身がその苦しみから本当に生きるよろこびをいただかれた念仏の教えを伝えてくださる縁として大切にしたいものです。
そして「お経」とは、お釈迦さまのお説法です。お釈迦さまの説かれた言葉を、文字に記録してつたえてきたもので、普段拝読しているお経は、漢訳されたものです。
真宗では浄土三部経を拝読します。みなさんは普段からお釈迦さまの尊いお説法を聴聞しているわけです。

「真宗大谷派の葬儀」
門徒もの知り帳(上)より


Q.合掌の仕方を教えて下さい。

A.

一輪念珠
(親珠は下)
二輪念珠
(親珠は親指の所ではさみ、
房は左側前よりにたらす)

※念珠は左手に持ち、合掌のとき両手にかける

「真宗大谷派お内仏のお荘厳」より


Q.お勤めの後に読まれる「御文(おふみ)」とは何ですか?
また、本文最後の「あなかしこ、あなかしこ」の意味は?

A.
「御文」とは、蓮如上人がご門徒たちに宛てた「御手紙」で、真宗の教えがわかりやすく、しかも簡潔に書き表されています。この「御文」の特徴は、ご門徒たちに広く公開されたことです。法座につらなった様々な人々は、蓮如上人の「御文」を受け取った人から、その内容(教え)を耳から聴いて、聖人の一流に加わっていかれました。御文はいわば、「読む」というよりも「聴く」という性格のものであったのです。
「御文」は、現在約250通が伝えられていますが、その中で、文明3年(1471年)から明応7年(1498年)にわたる58通と、年次不明の22通の合計80通を五冊にまとめた、『五帖御文』が最もよく知られています。 この『五帖御文』は、現在も真宗のお勤め(勤行)や法話の後に拝読され、また拝聴することが慣例となっており、特に五帖目には「白骨(はっこつ)の御文」など有名な「御文」が納められていることもあり、広く親しまれています。

真宗大谷派(東本願寺)ホームページより

「あなかしこ」とは、「恐れ多く存じます」の意で、手紙文の終わりに用いて相手に敬意を表す語。「かしこ」と同じ意味で、昔は「あなかしこ」と書きました。

大辞泉参照


Q.真宗は大谷派以外にもいくつかの派に分かれているみたいですが、詳しく教えて下さい。

A.
真宗には真宗十派といわれる十の派があり、真宗教団連合を結成しています。
それらは親鸞聖人の血縁の本願寺ゆかりの派と、親鸞聖人の高弟を中心とする門徒集団の流れをくむ派とから成り立っています。宗派の一覧をこちらに載せておきます。

真宗教団連合ホームページより


Q.お線香は立ててもよい?

A.
お勤め前には土香炉(どごうろ)に燃香(ねんこう)をします。線香を香炉の大きさに応じて適宜に折り、火のついた方を左にして、灰の上に置いて下さい。立てることはしません。

東本願寺「お内仏のお給仕と心得」より


Q.中陰が三カ月にまたがるといけないのか?

A.
四十九日の法要が三カ月にまたがると、「三月(みつき)」が「見に着く」を連想させるため、忌み嫌う地方があります。これは実にナンセンスなことで、月の始めに亡くなれば、中陰は2カ月で終わりますが、十日以後であれば、その人の中陰はどうしても3カ月にまたがることは決まったことです。これは語呂あわせによる忌み言葉であって、まったく意味のない作り話(笑い話)です。
しかしなぜそのような忌み言葉が用いられるようになったのでしょうか。
「忌み言葉」を辞書で調べてみると、『信仰上の理由や、特定の職業・場面で使用を避ける言葉。不吉な意味の語を連想させる言葉、特に死や病気に関するものが多い。』とあります。死を連想させる言葉には、数字の四があります。ほとんどの病院には四、十四号室というように四のつく病室はありません。
忌み言葉は、少なくとも千年以上も前から、神事において用いられていたといわれます。特定の神社で伝統的な神事をおこなうとき、例えば仏教用語などは言い替えて表現するように定められていたことが、文献にみえるそうです。古来、忌み言葉は表だって言いはばかれる言葉を別の表現に替える工夫だったのです。

東本願寺「お内仏のお給仕と心得」
門徒もの知り帳(上)より


Q.分家にお仏壇(お内仏(ないぶつ))は必要ですか?

A.
お仏壇には、いわれもなき迷信や俗信がつきものです。
例えば、次男・三男が仏壇を持つと「先祖が行き迷う」だとか、なんでもないときにお仏壇をむかえると、「新仏が出る」という俗説です。
これらの俗説を通じて言えることは、お仏壇に対する基本的な誤解でしょう。お仏壇は死者や先祖の入れ物ではありません。いうまでもなく、お仏壇は御本尊・阿弥陀如来のお館(やかた)です。真宗の門徒としての日常の心のよりどころです。
お仏壇は次男・三男の家庭にも必要です。家族の心が一つになることのできる場所、それがお仏壇だからです。
次男・三男が新居をかまえるときに、一家の「心の生活」の中心であるお仏壇を贈る親が増えてきているのは、大変喜ばしいことです。

※真宗ではお仏壇のことを「お内仏」といただきます。

門徒もの知り帳(上)より

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